2011年3月30日水曜日

新たな節目のとき

 今日で仲良くしてくださった先生方や、妻の親戚の方へのあいさつ回りも終了し、今夜は妻の実家のある町に泊めてもらう。明日はいよいよ次の勤務校のある街に移動し、あらたな生活が始まる。7年前に赴任したこの学校ともいよいよお別れのときだ。野球部の生徒にあいさつされて感極まり、ALTとの別れ際では不覚にも泣いてしまった。うまく言葉にならないからこそ、いままで一緒に働き遊んだ日々が思い出されそれが涙となった。

   道東を故郷とし、道東から始まった高校教員としての勤務も3校目。全く知らない遠い街で新たな人生がスタートする。しかし2校目の現在の学校は雪がほとんど降らない学校であったのだが、次の学校も雪は少ないと聞く。北海道で教員人生を送るこれからを考えると、雪に対応できない体質になってしまうのではないかと心配もしている。次の学校では、英語教育において大変なプレッシャーがかかるだろうし、間違いなく年齢的にも、いわゆる「ぺーぺー」としての生活がスタートする。限られた期間で何ができるか全くの未知数だが、そこで働けることに誇りを感じながら精一杯やるしかない。まずはこの学校に「適応」することから始めなければならない。

 期待と不安が交錯するが、間違いなく人生において印象に残る1日となった本日。まずはその緊張感を味わい、新たな一歩を踏み出したい。

2011年3月21日月曜日

グルメあさひ


今日は地元のレストラン、「ぐるめあさひ」へ。この学校に赴任してきてから知った「チャーメン」というメニューを注文。「あんかけやきそば」のような食べ物だが、今日食べたものは、そこに「ホルモン」が載っているという一風変わったもの。味付けされたホルモンがチャーメンにアクセントを加えており、一気に食べてしまった。この町は選択肢はなく、あまり有名な飲食店はないものの、住めばなかなか美味しいメニューを提供するこのような隠れ家的な店が数点ある。大切にしたい味である。

2011年3月19日土曜日

韓国からの応援

リンクを貼らせてもらっている(勝手に貼っているのですが…)、「ソウルのコブタ」さんのブログに勇気と感動をもらう記事が載っていた。いろいろ溝はあるのだろうが、地球にともにいきる人間の温かさとはこうだよな…と、胸が温かくなった。

http://kobutaseoul.blogspot.com/2011/03/blog-post_19.html

2011年3月17日木曜日

大震災その後

e-mail, facebook, mixiなどを通してずいぶん多くの方々から心配いただきました。ありがとうございます。こちらは被害は少なくライフラインも正常でした。生徒にも被害はなく校舎も破損はありません。周辺の道路が数本通行止めになったのと、小規模な集落にすんでいる方々が非難されていますが、それでも比較的他の地域に比べれば安定した生活を送れています。

インターネットへのアクセスも問題なく、日記を書かなかったのは物理的な問題というよりも、日本にここ数日間に起きた出来事をあまりうまく飲み込めず、言葉にすると何かがうそになるような、そんな心境だったからです。

仕事をしているとこの大震災のことを忘れられる気もしますが、帰宅すればやはり気になってTVをつけてしまうし、逆に日本国民としてこの現実を受け止めなくてはと思い、TVを見てしまう、ということもあります。日本人の秩序だった行動や、強く生きる避難民の方々のことが報道されていますが、それでもやはり圧倒的な悲しみが日本を覆っているようで、しばらくこの気分とともに私の人生も積み重ねられていくと思います。

亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

2011年3月9日水曜日

生徒の1年後の進路


昨年度は3年担任だったのだが、本校のような進路多様校では浪人することもなくほとんどの生徒が何らかの進学先や就職先を決めて巣立っていく。ただ当時私は進学クラスの担任をしていたので、それでも何人かの生徒が予備校に行くという決断をして卒業していった。その中の一人から今日連絡があり、めでたく志望校に合格したとのことだった。なぜか電話口で話しながら涙が出てしまった。うれしいのとほっとしたのが、一緒にこみ上げてきた感じだ。別に、予備校にずっと彼は行っていたし、私が何をしたわけではないのだが、それでも心のどこかで心配になっていたし、それよりも何か申し訳ない気持ちがしていたのだった。本人にしてみればそんな心配は余計なお世話だろうし、自分で選んだ道だから、と予備校の勉強に集中していたようだが(またそういうメンタリティを持てるほどの自主性が育っている生徒でもあった)、担任としてはどうしてもそういう気持ちになってしまっていただけに、今回の合格は本当にうれしかった。彼の素直さと直向さは周囲の多くの人の心をうち続けていくだろう。私も何度も彼に気づかされたような気がする。教員は生徒に教えられる存在だとつくづく思う。

H君、ぜひ、将来を切り開いていってくださいね!合格おめでとう!

2011年3月6日日曜日

基幹科目の質問集作り


この土日はなかなか時間が取れなかったが、それでも空いた時間を利用して、かねてからやろうと思っていた基幹科目の質問集作成に取りかかった。年度末の間に、来年度に向けて各年次で基幹となる本校の必修科目(英語Ⅰ、英語Ⅱ、リーディング)についての質問集を作ることが必要なのだ。今日でほぼめどが立ったので少し安心した。

中身は各レッスンの本文についての
①サマリー
②本文内容に関するclosed question
③本文内容に関するopen question
④本文から少し離れた生徒に感想や意見を求める質問
⑤本文に出てくる表現のparaphrase問題の5点を作成している。

去年は英語Ⅰだけで行ったが、これが思いのほか威力を発揮した。年度が始まれば校務に時間が取られ、ハンドアウト作成に十分な時間が取れない場合がある。またその場その場で考えたものはどうしても思いつきのタスクになりがちである。そういう意味で、1年を通してぶれないこのような「問題バンク」があると、各レッスンのハンドアウト作成時に、この問題バンクから問題を引っ張ってくることができる。そして担当者が誰になろうとも、一定の水準のもとでハンドアウトを作成できる。さらに外部にも、「うちの高校の英語授業はこういうふうにやっている」という安心感を与えることができる。

この週末、何より作成していて自分が勉強になった。よく、「生徒に答えさせる段階を超えて、生徒に質問をつくらせる活動をさせましょう」と言われるが、まず何よりも教員がこの経験を積むことで、本文をより理解するようになるから不思議だ。やはり読解は、ただ読んでもあまり理解は深まらず、読んだ後に様々なタスクをする中で、理解が深まっていくプロセスなのだろう。

それにしても教科書本文というものは奥が深い。少しでも自分でも使いたいな、と思わせる表現の宝庫だ。特にリーディングになると本校のような進路多様校で使っている教科書であっても表現は豊かで密度も濃いしかなり洗練された表現が出てくる。話し、書く、outputをたくさんする中で自分にも定着させていきたいし、もちろん生徒にも使わせていきたい。

2011年2月27日日曜日

東京での授賞式

昨年の11月末日が締め切りだったELEC賞論文に何とかギリギリ間に合わせて提出して以来、そのことは全く忘れていた。2月中旬のある日、来年度に向けて重たい会議を数名で行なっていたところに「ELECから電話が来ています」と事務の方に言われた。電話に出てみると、「今年度のELEC賞に内定しました」とのこと。「?」。最初何のことやらよく把握できずにいた。まさか自分のようなものがこのような賞をいただけるとは…。特にある活動と英語力の関連を実証してみせたわけでもないし、際立って目新しい実践をしたためたわけでもない。この1年間、組織としてハンドアウト主体の授業を展開し、それがALL Englishの授業の実現には有効であることを、紙面にまとめたに過ぎないのに…。ただ、振り返るとやはり英語科として、そして英語Ⅰを3人でしっかり連携しながら行なってきたその内実が、少しは紙面に反映されていたとは言えるかもしれない。虚飾ではない、紛れもない事実を記したから。

昨日は東京で授賞式に参加してきた。お歴々に囲まれて完全に緊張してしまったが、それでも、別に英語教育に関して文科省や道教委に指定されているわけでもない地方の学校で、生徒のために歩んできたことがこのような形で認められたことは素直にうれしかった。午後は直山教科調査官による、熱い講演も聴くことができて大変勉強になった。


昨年の夏以来の東京。日帰りだったが、少しは都会の空気を吸うことが出来た。あの都市独特の開放感が私は好きだ。授賞式前の空き時間、久しぶりに「ラーメン二郎」へ行こうと、三田本店へ。しかし昼時とあって尋常ではない行列に戦意喪失。さすがに並んでいては時間が間に合わない。あきらめて神田にある「王将」へ。ラーメン定食(王将ラーメン+餃子+チャーハン)という黄金トリオを注文。大手チェーンでありながらこの薄味でここまで勝負できることに感動すら覚えながら昼食を楽しんだ。式の後は、皇居北側から大手町を通り東京駅まで少し散歩をした。東京にいるころはよくここの丸の内オアゾに来て立ち読みしたものだ、と懐かしい気分に浸っていた。東京は、このくらいの季節が寒い北海道に住んでいる者にとっては、ちょうどいいのかも知れない。充実した日帰り東京ツアーだった。

2011年2月23日水曜日

キャリア教育に関する出張


今日は教頭先生とともに本庁に出張。キャリア教育に関する研究協議会だった。講師の先生は大学時代にゼミでお世話になった先生で、非常に驚いてしまったが、俯瞰的に物事をとらえる社会学的な視点でキャリア教育を論じられ、やはりいわゆるお役所的な言説とは一味違うそれが、私の脳内にはスムーズに入ってきた。

「キャリア」という言葉の持つ歴史的・社会的な意味や、文科省や道教委が出すプランの位置づけをメタ的に捉え、そこから論理的にいくとこういう解決法がいいんじゃないかと述べていく。まさに社会学的な論法を体験でき、大学時代からそういう言葉に慣れ親しんできた者にとっては、納得がいくものだった。しかし、これも社会学の弱いところだと思われるが、論理的には正しくても実際の現場レベルに落とし込んだ提案が出てこないところが歯がゆいところだった。それは高校現場レベルで当事者が実際に考えていくものだと、講師の先生もおっしゃっていたのだが、それにしても、社会学的に導き出される論理的な答えと、現場での実際のアクションがうまく結びつかず、齟齬が生まれてしまうという歯がゆさ。進路多様校である本校のような学校で、普通科としてコンピテンス(汎用的な力)を育成しながら、どう講師の先生のおっしゃる職業とのレリバンス(関連性)をより明確に生徒に伝えていくのか、具体的な行動はではどうあるべきなのか、今後考えをつめていく必要がありそうである。しかしいずれにしても、これまでの「キャリア教育」の理解を揺さぶられ、考えを深めるいいきっかけを与えてくれたことに何よりも感謝したい。

午後は研究協議であったが、司会を務めた主査の方を懐かしく拝見していた。というのも私が初任のころ授業を見てアドバイスを下さったり、初任者研修で指導していただき、励ましていただいた英語の先生だったからだ。今での先生が「教師は場面設定者である」という言葉をはっきりと覚えている。まあ相手は私のことなど覚えていないだろうと思っていたが、思いかけずその先生からわざわざ声をかけていただいて、思わず感激してしまった。私のような若い者を記憶にとどめておいてくださる懐の深さに尊敬してしまったのだった。

懐かしい二人の方との出会いをいただき、協議自体も、活発な議論が展開され、充実した協議会となり、大変な勉強になった1日であった。