2009年3月9日月曜日

協力してやる仕事

 教師の仕事はわりと個人プレイができると思われがちだが
そうでもない。授業はわりとそれができるが、「分掌」と呼
ばれる、会社で言えば「課」や「部」にあたるところに教師は
属している。普通、会社では一つの課に属していれば
別の課には属さないのだろうが、学校では複数の分掌に
属していることが「課」や「部」と異なる点である。
 私の場合であれば私は主に「2学年」の分掌におり、
かつ「進路指導部」の分掌に属しているということになる。
複数に属しているということはその両者を「つなぐ」役目を
しなくてはならない、ということなのだが、この1年はどう
スムーズに両者を「つなぐ」かで気持ちをすり減らすことが
多かった1年だった。夏休み前まではけっこうな衝突もあった
のだが冬休みがあけるころにはうまく回るようになり、
このまま「2学年」の担任団が「3学年」になるころには
うまく回るかな、という手ごたえをつかみつつあった。
 
 しかし、今日はその見通しも甘かったことを痛感させる
出来事があった。
 
 3月は人事の季節である。「2学年」に属していた10数名
の先生方も転勤したり、他の学年に移る人もいる。しかし2年か
ら3年にあがるとき2年の担任は、よほどのことがないかぎり
3年の担任となるものである。それと同時に生徒にとっては
春休みは受験生に意識を切り替える要の時期であり、この
季節をうまく乗り切ることが非常に大切である。従って、今の
分掌の体制が変わるこの季節に、協力を仰ぐのは、他の分掌
に移ったり、転勤の可能性がない先生、つまり2学年の担任
ということになる。
 早めに先手を打とうとして春休みの
課題をつくるよう、2週間以上前にお願いしていた、同じ2年の
担任団を組むA先生に聞いてみたところ、すべての課題作りを、
同じ2学年のB先生に全部お願いしてつくらせている、と
のことだった。人事で大変な時期だから、来年も同じよう
に3年の担任団を組むであろうA先生にお願いしている
ということをまったく理解していなようであった。

 もう退職も迫った年配の先生がこのような状態であること
に、怒りは飛び越えて、失笑しか出てこなかった…。
 
 社会人になって、自分にも未熟な点がたくさんあることは
学んできたつもりだし、尊敬すべき先輩もたくさんいること
を知った。しかし、同時にいくら年を重ねても人生の経験を
「経験値」に変えないことには、そこで人間としての成長が
とまってしまうことを、こういった年配の先生方から反面
教師的に私は学んできたように感じる。組織として働いて
いるのだから、組織でカバーすればよいと基本的には私は
思っている。しかし、問題はそのような人の比率が多いとどう
なるかということである。組織そのものが瓦解するということ
だ。

 来年度は厳しい1年になりそうである。

2 件のコメント:

Miki さんのコメント...

お気持ち、よ~くわかります。定年間近の先生だからこそ、じゃないですかね。私の周りには定年をとっくに過ぎて70歳近くでも研究を続け、熱心に授業をされている先生方もいらっしゃる一方で、「あとは余力で定年まで…新しいことは何もしたくない、知りたくない」という先生も多いです。若手に報告書作成をさせておいて、自分にとってマイナスになる内容は削除したりと… そしてそういう先生なぜか『教授』で、若手は反抗も出来ないという酷い状況です。

「いくら年を重ねても人生の経験を『経験値』に変えないことには、そこで人間としての成長がとまってしまう」全くその通りです。20年教員をしていても、20年の経験がある先生と1年の経験を20回繰り返しただけの先生っていますよね。

Testuo Marugari さんのコメント...

Miki先生、コメントありがとうございます。つい愚痴を書いてしまって申し訳なく思っています。大学の世界でも同じようなものなのですね…。いろいろな人がいるから面白いし有意義なのだ、と素直に感じられない自分がいてもどかしくも感じますが、一方で自分の正しさを曲げたくない自分もおります。なかなか解決しないテーマなのでしょうが、自分は自分でがんばっていくしかないということですかね…。まずは自分ががんばります。